政治家
上里 ただし

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前沖縄県議会議員
無所属・松下政経塾出身

政策資料

Zato`s Report 政策紹介特別号Vol.3(PDF)

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Zato`s Report 政策紹介特別号Vol.2(PDF)

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Zato`s Report 政策紹介特別号Vol.1(PDF)

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メッセージ

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■辺野古のはじまり。県民の願いとのズレ。 辺野古移設の議論は、95年の少女暴行事件をきっかけに県民の反基地感情の高まりを受けて日米両政府が発表したことに始まりました。 当時の県民は、「米兵の特権的な処遇で捜査が進まない」という日米地位協定に見られる不条理さの解消を強く願っていましたが、時の県と政府は、普天間移設に代表される基地の負担軽減で決着をつけようとしたのです。 県民が望む解決とは本質的にずれたものでした。■沖縄の現状。その先に残される課題。 辺野古移設は、貴重な自然を破壊し、加えて県民感情を無視したもので、とても納得できるものではありません。 反対し続けるのは当然です。しかし、辺野古の問題は今、法廷闘争という政治的な交渉の及ばぬ段階に来ているため、政治家にはその次を見据えてやらねばならないことがあると考えます。移設が撤回、あるいは強行された後も沖縄にはまだ米軍基地が残りますし、東シナ海での権益を巡る軍事的衝突リスクも解消されないままです。 南西諸島へ新たな自衛隊基地が配備されるということは、周辺地域の軍事リスクが高まっていると言えるでしょう。 県民の関心が辺野古移設問題に集まっているうちにこうした危機が進んでいるにもかかわらず対応が遅れると、最悪の場合、戦争に巻き込まれるという悲劇につながりかねません。
■沖縄に必要な視点。何をすべきか。 「そうならないためにはどうすべきか」という議論や対応が必要ではないでしょうか。 沖縄の危機的状況を抜け出すためには、沖縄自身で問題解決を探る必要があるのです。 基地問題への直接的な働きかけと同等に重要なのが、足元の問題、つまり経済問題や生活に関する対策です。 沖縄戦やその後の植民地的統治のため、沖縄には今なお多くの問題があります。 例えば子どもの貧困、失業率の高さ、低い学力…など、あげればきりがありません。 これらの問題を紐解いてゆくと沖縄独特の問題が絡む場合が多く、ここでも沖縄の未来を沖縄自身が創り出し、道を切り開いていく力が必要になるのです。 問題の解決は簡単ではありませんが、本気で解決する!という姿勢を持ち続けねばなりません。■再始動。未来のために。 こうした視点から、沖縄の未来のために何ができるのかを考え、政策をまとめました。 今後は皆様に直接説明する機会を設けたり、また、WEBサイト等を通じて皆様のご意見を伺いながら、できるだけ多くの考えを発信させていただく予定です。

スタンス

政党への姿勢

政党の枠を超え、沖縄を動かす。

「沖縄のことは沖縄で決める」という地域主権改革を実現する上で、民主党政権に期待し、その一員となりました。 「私の政策が党の沖縄政策」という気概で県連役員を務め、政権交代が実現した際は、一括交付金の導入、沖縄振興特別措置法の制定、鉄軌道可能性調査事業、首里城正殿等の県への移管など、これまでにない大きな改革を実現することができました。 一方、基地問題で、党本部が「最低でも県外」という約束を反故にし、県民の期待を裏切った際には、党本部と県連・県民のねじれを解消しようと再三党本部に要請をしましたが、実現できませんでした。 そこで学んだことは、県民の望む未来を作るためには県民の意見をまとめ、自ら未来を切り開く強い沖縄を目指すことが何より大事だということです。 民主党政権時に自由度の高い一括交付金などの制度を作りあげたことで、「沖縄21世紀ビジョン」に掲げられた沖縄を目指すための環境は整いつつあります。 これからは、県民の皆さんの意見を聞き、まとめるために、政党の利害を超えることが必要です。 そんな折、私自身が党に所属をしたままでは、利害の調整は難しいと考え、民主党を卒業することにしました。 任期中、政党には所属いたしません。 無所属での挑戦です。

軌跡

落選後の4年間を振り返って。

走り続けた2008年から2012年までの任期中とは一転し、落選中は沖縄のために何ができるかを深く問いながら活動してきました。 歩調を緩めたことで、走っている時にはなかなか出来なかった地道な活動に取り組むことができました。 首里城の水辺空間の復元へむけての取り組み、本部町でのウミガメ産卵場所の整備活動、劣化の著しい古文書等の保存・修復事業等、身近な問題に身近な皆さんと共に取り組んできました。 じっくり人の話を聞き、地域や学校などの様々な活動へ参加する時間を得たことで、新たな知見を得て、熟考することができました。 沖縄は、多くの「世代わり」や「沖縄戦」のような悲惨な経験をしてもなお、自らの力で苦難を乗り越え、道を切り開いてきました。 私たちにもできる。 この思いを持って沖縄の未来を考え、沖縄自身が道を切り開くことのできる体制づくりのため、再び走り続けます。

こころざし

「人の役に立ちたい。」 幼少期からの漠然とした思いが自分の生き方となったのは、小5の時、父が事業で失敗したことがきっかけです。困窮した我が家で、私は、人々が幸せに暮らせる社会を夢見るようになりました。 「社会のため、沖縄のために貢献したい」 しかし、「考える」だけでは思想家です。 行動がなければ何も変わりません。 だからこそ政治家を志しました。 学び、考え、行動し続ける。 人はそれぞれの場でそれぞれの道を切り拓いて生きています。 私は政治の場で全力を尽くします。 写真:2005/04/25

   
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