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仕次ぎの文化
琉球王国が生み出した文化、物産の中で、世界に誇れるものの一つに、泡盛があります。外から取り入れたものをうまく自国の文化として、取り入れてきた沖縄物産の象徴のようなものです。原料になる米はいまでもタイ産を使用しており、日本政府が一粒たりとも外国産米を入れまい、と気張っていた時からずっと輸入しています。
かつては交易品として、今ではお土産品だけでなく、県内で広く愛飲されている「わが島の酒」であります。古酒になればなるほど、まろやかな味となり、口に入れると丸くなったアルコールが口いっぱい広がるようなそんな酒になります。この酒のまろやかさを作るには、この酒独特の作り方があります。それが仕次ぎといわれる技法です。
私はこの仕次ぎといわれる技法はそのまま沖縄文化の象徴であるかと思います。これまた「がじまるの木」同様に、私が考える目指したい沖縄社会の形成に必要な技法であると思います。
琉球王国にはかつて酒蔵を管理する仕事があり、担当するものは非常に重要なポストであったと言われております。中国や日本からの大切な客をもてなすための泡盛には、200年もの300年ものという古酒があったようです。
こうした古酒を作るためには、絶えず新しいお酒を注ぎ足す必要があります。お酒が芳醇で、かつまろやかになるためには熟成しなければなりません。酒をそのまま寝かすだけでも熟成すると言われていますが、酒も生き物で、造って年数の経ったお酒は熟成する力が弱まります。
そこで、触媒のように新しいお酒を次ぎ足すのです。そうすると若い、新しい力を体に注いだように、熟成する力を強めるようです。そこでまたまろやかさを増すというものです。この仕次ぎのタイミング、量を決めるのは、仕次ぎ職人と呼ばれる人が担当し、酒造りの中でも最も重要な仕事と言われております。
酒というのは、とても作るのが難しいようです。酒に限らず、発酵食品というのは、実に繊細なもので、ほんの些細なミスで、全てがダメになってしまいます。厳重な管理、管理者のソツの無さ、実行者の注意力・・・・そういういくつもの条件が揃ってはじめて旨い酒(発酵食品)ができるのだろうと思います。
この仕次ぎのやり方は、人間社会にも当てはめることができます。地域にも新しい人々を受け入れたりしながら成長しなければいつかは衰退の一途をたどるでしょう。日本の街、とりわけ中心市街地が衰退の一途をたどったのは、新しいものや若い人を取り入れることに失敗したからでしょう。そもそも、その意識がなかったのかもしれません。
自然は大量に破壊しなければ、自ら再生する力を持っています。しかしながら、人間の社会は自ら再生することを常に意識する必要があります。そのためには新しいものや異質のものを取り入れる姿勢が必要です。大量に受け入れるのではなく、少量ずつでいいのです。その量をはかるのは地域のリーダーかもしれませんし、または地域住民の中での合意なのかもしれません。
地域住民の中には新しいものを入れることに反対するものがいるかもしれませんが、地域が発展していくために必要なことであることを説明し、説得することもリーダーの仕事でしょう。
おいしい古酒をつくるためにも、または親酒といわれる酒を飲み干さないためにも、新しい、若い力を注ぐことに十分関心をもたなければならないと思います。
上里ただし
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